人間が死ぬ理由

公開日: 


人間が死ぬ理由の殆どは「落差」で、ものすごく単純な物として物理的な落差「崖から落ちる」とかで死ぬし、学生時代ののんびりした環境からいきなりブラック企業にブチ込まれても死ぬし、暑い所から寒い所へ急に言っても死ぬし、幸福の絶頂で愛する人が死んで絶望して死ぬ事もある。人間は落差で死ぬ

逆に単純な力で死ぬという事はあまりなくて、高低差30mの坂道を下っても死なないし。時速300㎞の新幹線に乗っても死なないし、砂漠でも雪山でも意外と人は暮らして行けるし、最初からどん底の奴は案外楽しくやってる

「男は生きてるだけで加害性がある」とか言ってるフェミニスト完全に頭おかしいけど、頭悪い人間だけで構成された地方の市役所みたいな空間は普通にしてるのに常にセクハラみたいな空気なんで、普段こういう空気吸ってたらそういう考えに至ってもしゃーないとは思う

2000年後の東方、多分歴史家から「吸血姫退治は、当時、移民によって衰退しつつあった欧州との決別を表現している」とか「地霊殿は当時最新だった核融合エネルギーうんぬん」とか、20~30年の時代ズレをものともせず無茶苦茶なこじつけされると思うわ。

このへん「自分に都合の良いルールを採用して相手を叩く」というのがアホの基本的な行動パターンで、例えばインテリは「勉強できない奴はクソ」って言うし、オタクは「ルール守らない奴はクソ」って言うし、チャラ男は「モテない奴はクソ」って言うし「見た目に気を使わない奴はクソ」ってのもある

このへんの〇〇だからクソというのは「自分が何らかのルールに基づいて他人を判断している公正な人間」感をアピールできるのでバカが好んで使うが、そのルールが公正かどうかという所に論が及ぶと途端に知能を失って発狂するしかなくなる。少なくともマナーや法律は公正さとは何も関係が無い

その考えが正しいかどうかについて重要な点は3つ「それを行う事で人が幸福になるかどうか」「必要な間それを持続できるかどうか」「同時に実行される他の考えと協調できるかどうか」の3つである。この3つを満たしていないならマナーや伝統、あるいは法律であろうが変える必要がある。

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
PAGE TOP ↑