勉強の強要はハラスメント行為

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「暴力や暴言を繰り返し受けて耐性を付けよう」も「毎日机に向かって勉強することで徐々に長く勉強できるようになる」も本質的には、強い立場の人間が利得をチラつかせて相手の行動を抑圧し、本来の人格を歪めているわけで、全く同じ行動やぞ

「勉強が出来るようになって成功しました!」も「暴力や暴言をものともしない人間になりました!」も環境への適応に成功したという点では全く同じで、これを分けて考えるから、永遠に問題が解決しないのである

勉強の強要はハラスメント行為であるが、人間はその罪を犯さなければ社会を維持できない

つまり文明社会の下では誰もが「日常的にハラスメント行為を受け続け、多かれ少なかれ人格を歪められている」のだ

「勉強が出来る奴は人格が歪んでいる」というよりも「人格が歪んでいるから勉強の強制に耐えられる」のである。ハラスメント行為への異常耐性あるいは異常鈍化がその本質である

一部の「勉強しなくても分かる天才」は別として、一日何時間も勉強して能力を身に着けた人間というのは、ハラスメント行為に対する異常耐性を持っており、それ故に「この程度で傷付く人間」が全く理解できないのである。それが一流企業社員のパワハラやセクハラとして噴出する

よく言う「本当に頭のいいひとは馬鹿にも分かりやすく喋る」という話があるが、一般人がそう感じる理由も、勉強しなくても分かる天才は感受性は人並みなので「分からなくて苦しんでる人の気持ちが分かる」から人と接する内に、徐々に分かりやすく喋るように成長するからだ

一方で、好きでもないのに7時間も8時間も勉強して「競争に勝ち抜いた」タイプは、圧倒的なストレス耐性を持っているから「このくらいで根を上げるのは怠けている」と逆に怒りを感じる。彼らは本当に苦痛を感じないからだ。人間が檻を移動したストレスで死ぬキリンの気持が分からないのと一緒

文明社会ってのは、勉強の強要というハラスメント行為に支えられているわけで、ハラスメント行為自体を否定していくと、最後は焚書とか反知性主義に帰結してしまうわけだよ

左翼やリベラルの焚書や反知性主義は、連中がアホだからじゃなくて人道主義は自然とそこに収束するんだ

人間の未来は「焚書」か「勤勉」か、知性を失ったユートピアか、知性しかないディストピアか、恐らく、どちらを突き詰めても滅びるしかないだろう

俺達は書を焼かず、しかし勉強を強制することもない、第三の道を探し続けなければならないんだ

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