上下関係と言う構造

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短絡的な人間はすぐ「格下を殴ってはいけない」と言うが、長期的に考えるとこれは大きな間違いで「上下関係は徹底すべきだし、格上は格下を雑に扱っていよい」のである

というか人気商売でもない限り、雑に扱えることだけが、格下の人間と共存するメリットだから、これを消すとヤバい事になる

どうヤバい事になるかと言うと、優しい格上は格下を雑に扱わなくなる。1世代目は、理想の上司として持て囃され本人も満足げだが、2代目になると「お父さんやはどうしてこんな人達と関わりたがるのだろう? 優秀な人だけで集まる方が楽なのに!」と親に疑問を持つ

そもそも「格上が格下を率いる」という社会構造自体が、上下関係という考え方とセットなのである。

上下関係や社会的地位という概念が無くなった世代は当然「自分と同じような人間と組みたがる」ようになる。上下で組むことに意味を見出せないからだ

上下関係と言う構造が「格下からの感謝や尊敬」に特別な価値を与えているのだ。上下関係構造がなくなってしまえば「弱者から感謝されて…それにどんな意味があるんだ?」という事になる。完全にフラットに考える人間は「弱者に感謝されても強者に感謝されても同じ事、なら強者に恩を売りたい」となる

逆に言えば、差別意識から解放され、パワハラやセクハラを辞める方法なんて簡単で、単に「弱者に興味を持つことを止める」だけでいい。育成しようだとか役に立てようとか考えるから、それが叶わなくて腹が立つのである。駄目なら次に行けばいいだけだ。人は幾らでも居る

ここで「今いる従業員を大事にしなければ」とか考えるから、殴って根性を入れ替えて、という事になるのである

それはそれで非常に正しく、長期的には労働者の為になる方法だが、日本国は労働者を使い捨てる事を是としているので、その流儀に従ってさっさとクビにするのが正しい

昔の職場は「どんなクソカスでも預かったからには絶対に真人間にするぞ」という鉄の意思で運営されていたから、社会は安定したものの個々の職場の育成効率は非常に悪く、戦争に向けて急速な増産に向かず、それが帝国主義と噛み合わなかった

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