「有能が無能をコキ使う」という構造

公開日: 


ほんと「有能が無能をコキ使う」という構造は残しとかんと、ほんの数世代ですぐに「有能が有能を率いて疲れたら交代する」という上位モデルに取って代わられるし、そういう人間で構築された独立市やゲーテッドコミュニティが次々できている現状を放置したら大惨事になる

無能をコキ使うなんて、怒鳴らなきゃいけないし、殴らなきゃいけないし、しんどいだけで何も良い事がないんだよ。世界大戦の総力戦から惰性でやってるだけ

有能と楽に仕事して、疲れたら何時でも交代できる、なんて天国を味わったら二度とそこには戻って来れない

でもその働き方がどんどん広がった結果、9割が貧民街で、1割が富裕層の町、みたいにきっちり別れちゃうのって流石にどうかと思うんだよね。やっぱ1割の人間がクソクソ言いながら貧民をコキ使ってる方が、全体としては少しづつ改善されて行くんだよ。分かれちゃうと貧民街の時は永遠に止まってしまう

そういう意味では世界大戦がもたらした「国全体を改善しよう」とか「駄目な奴を許さない」っていう感覚ってすげー重要で、それは確かに重度の発達障碍者とか最底辺をブッ殺しちゃうんだけど、俺は最底辺をブッ殺して下から二段目、三段目を救済し続けることで、長期的に余裕を作り

最底辺を無残に殺し続けて下から二段目や三段目を救済し続け、それによって社会全体が豊かになったあたりで「余裕が出来たら最底辺も救う」という考え方のほうが、長い目で見ると最底辺も幸福になれると思うんだよね、全体が衰退したら結局弱者全切りみたいになるわけで、それは無意味でしょ

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
PAGE TOP ↑